研究紹介

 流体力学研究室衝撃波研究グループでは,これまでに衝撃波の反射現象に関して,各種の研究を行ってきた。

 そもそも衝撃波とは何か。一般には衝撃波という用語はなかなか浸透していないので,少し説明が必要だろう。衝撃波とは圧縮性流体中を超音速で伝播する波である。音速で伝播する波が音波だから,音波よりも強い波というイメージが生じると思うが,その点は正しい。衝撃波の特徴は,波面の前後で物理量,例えば流速,圧力,温度,密度等が不連続的に変化することである。たとえば,圧力は衝撃波が通過すると不連続的に増加する。このような衝撃波の特徴を工学的に応用することも考えられている。例えば,手術をしないで腎臓結石を破壊する方法として,体外から人体に害のない程度の強度の衝撃波を当てる(この場合には,さらにフォーカシングといって,衝撃波を腎臓結石のある一点に集中させる技法も用いる)方法も実用化されている。また,圧力や温度を急速に変化させることができるので,特殊な状況における実験条件の達成のために利用することもできる。

 この衝撃波が斜面などに衝突したときに反射波を生じる。このような現象を衝撃波の反射現象と呼んでいる。このとき,衝撃波の反射形態には大別して2種類に分けられる。一つは正常反射(RR; regular reflection)と呼ばれるもので,入射波と反射波だけから成っている。もう一つはマッハ反射(MR; Mach reflection)と呼ばれるもので,入射波,反射波,それにマッハステムと呼ばれる3つの波面から構成されるものである。下の図は滑らかな傾斜面上における反射形態を可視化したもので,左が正常反射,右がマッハ反射である。衝撃波は空気中を高速で伝播するので,肉眼では観測できないため,光学的方法を使って可視化(見えるように)している。

    正常反射(Mi = 1.41, qw = 47.5)             マッハ反射(Mi = 1.41, qw = 30)

 ここで少し用語の説明をしておこう。上の図で,入射衝撃波は左から右へ伝播している。正常反射の場合,入射波と反射波は反射面上で重なっているが,この点を反射点(reflection point)と呼んでいる。また,マッハ反射の場合で,入射波と反射波の交点から斜面に向かって伸びている波面をマッハステム(Mach stem)と呼び,入射波,反射波,マッハステムの交点を三重点(triple point)と呼んでいる。図で,三重点から衝撃波の伝播方向と反対方向に伸びているのが滑り面(slipstream)と呼ばれる不連続面である。衝撃波とは異なり,この面を挟んで圧力と流れの向きは一致しているが,流速と密度・温度は異なっている。速さが異なっているために,この面を挟んで流れが滑っているという意味で,滑り面と命名されたのだろう。

 本研究室では,これらの衝撃波の反射現象に関して,過去の他の研究者による研究をふまえて,さまざまな研究を行ってきた。それらは,粉塵層上における反射,粗さのある面における反射,曲面上における非定常反射,ノイマン反射などに関する研究である。以下には過去5年間の主要な研究を示しておく。



曲面上における衝撃波の反射


 滑らかな平面上における反射については,多くの場合,特定の点(正常反射の場合には反射点,マッハ反射の場合には三重点)を基準に固定した座標系で考え,自己相似性と呼ばれる性質が成り立っていることを前提に定常的な考え方によって研究が進められてきた。しかし,曲面上における反射の場合は,衝撃波の進行とともに反射面が変化し,そのような仮定は成り立たない。ここにこの研究の困難がある。
 もともと,この研究を詳しくやるきっかけとなったのは,下の写真に示されている反射形態を見たことである。それまでは粗さのある面であれ,滑らかな面であれ,傾斜角一定のモデル上における反射現象を研究してきた。その目から見て,曲面上における反射形態は,いかにも不思議だった(たとえば,左の上から3番目の写真を見てほしい。マッハ反射にしては,反射波が奇妙な形状をしている)。どうしてこのような反射形態をとるのか? 反射波はどのように形成されるのか? といった素朴な疑問がこの研究の発端だったのである。

滑らかな円筒状凹面における反射と階段モデルにおける反射の比較
 滑らかな円筒状凹面:入射衝撃波マッハ数 Mi = 1.40, 曲率半径 r = 40mm
 階段モデル:入射衝撃波マッハ数 Mi = 1.40, 等価曲率半径 req = 40mm, 段差s = 1mm

 滑らかな凹面の場合,衝撃波が円筒状凹面に入射したばかりの段階では,モデル近くの波面が湾曲し,反射波はほとんど観測されない。
 階段モデルの場合,入射衝撃波が最初の階段に衝突すると,圧縮波が発生する。これは衝撃波ではないが,入射波と圧縮波の交点をマッハ反射とのアナロジーから,擬三重点と呼ぶことにする。
 
 やがて,滑らかな凹面の場合には,モデル表面からの弱い反射波がかすかに観測されるようになり,入射波と反射波の交点(三重点)が現れる。
 階段モデルでは,圧縮波が各段差ごとに一つずつ発生する。擬三重点が次々と形成されるが,その近くの波は極めて弱い。この段階では擬三重点は段差を乗り越えることができる。
 
 滑らかな凹面上の反射では,三重点から濃い反射波が伸び,滑り面も観測されるようになる。
 階段モデルでは,入射衝撃波がさらに進行すると,段差そのものは一定でも,その勾配が急になるため,擬三重点は段差を越えられなくなる。それとともに,擬三重点の近くで圧縮波が集積して強い波に変化している。

 三重点はモデル表面に接近し,やがて衝突し,瞬間的な正常反射の状態になる。

 さらに入射衝撃波が進行すると,滑らかな凹面モデルでは,反射点近傍では正常反射,その後ろにマッハ反射を従えた,いわゆる遷移正常反射の形態をとる。一方,階段モデルでは集積した圧縮波が滑らかな凹面における遷移正常反射に対応する反射形態をとる。
 通常の斜面における反射からは理解できない,滑らかな凹面上における奇妙な反射形態(遷移正常反射)は,反射面からの圧縮波が集積して形成されたものであることが,階段モデルを使用した実験によってよく理解できる。
 また,擬三重点が段差を越えることができるかどうかが,通常の滑らかなモデルにおける正常反射とマッハ反射の遷移と大きな関係があることが,比較実験によってわかった。このことを用いて,遷移基準の解析公式を誘導した。階段モデルは粗さのある面をもつ曲面のモデル化とも考えられるので,実験結果と比較したところ,良い一致を得た。



滑らかな円筒状凸面における反射と階段モデルにおける反射の比較
 滑らかな円筒状凸面:入射衝撃波マッハ数 Mi = 1.40, 曲率半径 r = 40mm
 階段モデル:入射衝撃波マッハ数 Mi = 1.40, 等価曲率半径 req = 40mm, 段差s = 1mm
 
 滑らかな凸面モデル上においては,入射の初期には反射波はモデル近くに存在し,反射角は小さい。
 階段モデルにおいても同様の反射形態で,反射波が圧縮波の包絡線として形成されていることがわかる。

 入射波が進行すると,反射角が増加し,反射波がモデル表面から遠ざかる。
 階段モデルにおける反射形態もほぼ同様である。この段階では擬三重点は段差を越えることができない。

 入射衝撃波の進行に伴って局所的な斜面傾斜角は減少し,正常反射からマッハ反射への遷移が起きる。
 特に階段モデルの場合には,擬三重点が段差を越えることができるようになり,マッハ反射に対応する反射形態となっている。

 その後は,いずれの場合も,マッハステムが成長する。特に,階段モデルの場合には,マッハステムが段差に必ずしも直角ではなく,前のめりの状態になっている。

 以上の一連の研究については,文部省から平成8〜9年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))を受けている(課題番号08650220)。



ノイマン反射の研究


ノイマン反射とは?
 ノイマン反射とは,実験研究者の間では知られていたが,比較的近年になってから命名された反射形態である。その反射形態(下の図参照)はマッハ反射と似ているが,次の点で異なっている。すなわち,マッハステムに相当する部分が三重点において入射波と接するように滑らかに接続していることである。これに関連して,可視化写真において反射波が極めて薄いこと,滑り面が観測できないこと,といった特徴がある。弱い衝撃波において理論と実験が合わないノイマン・パラドクスの原因の一つとして注目されている。ノイマン反射は入射衝撃波マッハ数と斜面傾斜角が小さい場合に観測される。ノイマン反射の性質については,現在,本研究室において研究が進行している。ノイマン反射とマッハ反射の境界についても研究されているが,まだ決定的な解決には至っていない。


   ノイマン反射(Mi = 1.20, qw = 10.75)
 
 



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